ここ夏文庫
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桜、早すぎる春 -25-
「シロクマは雑食なんです」

「クマ類はほとんどそうですよね?」

善文はまた綺麗な指を顎にあてて撫で始めた。詩織はコクンとうなずいて続けた。

「さっきも話したように、夏の間は狩りをするんです。

アザラシとかセイウチとか。でも今はセイウチは難しいと言われてるようです」

「体力が無いから、ですか?」

「そうです」


詩織は一旦、両手を膝の上に乗せ下を向いた。これを話すのは、

詩織にとってとても心が痛む。ゆっくりと息を二回吐いて、今度は両手で球を作った。

「白夜って分かりますよね?北極は、夏には日が沈みません。

だから夏の四ヶ月間、ずっと太陽熱を浴びるんです」



出典:有限会社遊造


「このとき、北極圏の氷はすごい勢いで溶けます。

北極点はもともと、南極みたいに大陸が無いことはご存知ですよね?」

「もちろん」

善文は特に表情を変える様子もなく詩織の話を聞いている。

「グリーンランド、カナダ、アラスカの一部などが北極圏に入るんですが、

最近、夏になるとアラスカ側の氷はほとんど溶けてしまいます」

「土になるわけですか?」

「そうです。そればかりか、海になります」

「え?」

「夏になると、北極圏の氷は日本の大きさよりも、もっと広い範囲が海になります。」

「まじですか?」

「シロクマはもともと泳ぎは得意なんです。だから氷が溶けても泳げるんですが…。

桁が違いすぎるんですよ。氷の上にいるには広い範囲を移動しなければならない。

海に落ちたら、それこそ長い距離を泳がなければ氷には乗れません」

「温暖化、って、そんなに進んでるんですか?」

善文は指を顎にあてたまま、眉間に皺を寄せた。

「ぞっとしますよ、北極の衛星写真を見ると」

「見たんですか?」

善文は大きな声を上げた。それから小さく頭を下げて

「すみません」

と言った。詩織も苦笑した。

「見れますよ、誰でも。興味があればどうぞ」

「どうやって?」

「ネットで検索すれば、すぐ」


善文はしばらく黙っていた。ソファーに体を深く沈ませて、

何かを考えるように天井を見ている。

詩織はどうしたら良いのか分からなくなって、とりあえず

テーブルの上のビールに手を伸ばす。ごくごくと二口飲む。

なんだかにがい。


「そんなに温暖化が進んでいて、地球は助かるんですか?」

善文は呟くように言った。

「まだ間に合うんですか、僕たち人類は?」

その言葉に詩織は心にナイフを突き刺されたような痛みを感じた。

人類は。人類は助かるのか?

「わかりません。少なくとも今の生活を続ければ、

誰もが、研究者の誰もが言うように人類は危機を迎えるんでしょう。

それが正しいか、私にはわかりません」

「僕たちのこんな日常が」

善文は首をがくんとソファーの背にもたせかけて呟く。

「今も地球を壊しているんですね」



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この物語はフィクションです。実在の人物・団体・組織とは一切関係ありません
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【2008/02/17 18:54】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜、早すぎる春 -24-
「地球温暖化かあ」

豆乳リゾットを皿に取り分けながら、善文は呟いた。

「僕は何も知らないなあ。考えたこともない。そんなふうに

大きなテーマをもって番組を企画したこともない。

はい」

一枚目の皿を詩織に回すと、善文は二枚目の皿にも

リゾットを盛った。


「まあ、隠すほどのことじゃないから言うんですけど」

善文は少しためらいがちに言葉を続けた。

「NHKグループって、年ごとにテーマがあって、それに沿って番組を企画するんですよ」

詩織は箸を割った。リゾットは箸で食べる。

「例えば今年は『家族』がテーマ、来年は『食』がテーマとか。

そうするとドラマも家族にスポットを当てたものとか、家族で見られるクイズ番組とか」

詩織はリゾットを口にした。う。これは癖がある味だ。

「でも、そのテーマとは別に、自分が訴えたい内容を番組に反映させていくのは魅力的です」

善文もリゾットを口にして、満足そうに頷いた。

田辺さんにはそれができる力が充分あるじゃないですか

と言いかけて詩織は言葉を飲み込んだ。

善文の白川郷の映像を観たことは黙っていたい。なんとなく、内緒にしておきたい。


「田辺さんはデジタルがご専門だって言ってましたよね?」

詩織はシンポジウムの日に善文が言った言葉を覚えていた。善文は苦笑した。

「そう、デジタルならなんでもやります。地上デジタル、BSデジタル、

だけど一番多いのはウェブ制作ですね」

「え?ウェブですか?」

驚いた。NHK-EPってそんなに守備範囲広いの?

「番組ごとにホームページがあるじゃないですか。あれを作るときの

ルールを決めたり、制作単価決めたり」

「あれ?田辺さんはディレクターじゃなかったですか?」

「ディレクターですよ、一応」

善文はまた苦笑した。


「佐倉さんは、地球温暖化の番組担当ですか?」

「いいえ」

詩織はリゾットを飲み込んで答えた。

「担当といえば担当ですが、今はまだ企画段階です。

業務のほとんどは番組制作です。スポンサー番組って

わかります?5分から10分の連続番組です。他社の番組ですが

『世界の車窓から』みたいなやつです」

「ああ、ああいうのスポンサー番組っていうんですか」

「NHKじゃ絶対にない種類ですよね」

詩織は笑った。善文は苦笑した。

「意地悪言わないでくださいよ。でも僕たちも番組に予算をつけてもらうために、

NHKにプレゼンするんですよ」

「そうなんですか?」

「そうですよ、ほとんど僕らみたいなのが企画作って、

NHKのディレクターに売り込むんです。僕たちは、本当は株式会社なんですから」

善文はパンツの後ろポケットから名刺を出して詩織に渡した。

そのとき初めて気がついたのだが、今まで善文の名刺はみたことがなかった。


詩織は鞄の中から自分の名刺を出して善文に渡した。

「ふうん…佐倉さんってチーフだったんですね」

予想外の部分を指摘されて詩織は戸惑った。

ここはただ笑ってやりすごしておこう。

「すみません、さっきのシロクマの話ですけど、もう少し聞かせてもらえませんか?」

詩織はまた一人、シロクマの現状を知ってくれるのが嬉しかったし、

善文のそういう態度も嬉しかった。



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【2008/02/16 00:56】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜、早すぎる春 -23-
詩織は今日はその問いに素直に答えた。アフリカに行ったこと。

東都大学の獣医大学院に通っていること。

それはこれから日丸テレビが作ろうとしている番組になんの影響もないからだ。

アフリカが旱魃に苦しんでいること、北極の氷河が溶けていること。

そんなことはNHKでなくても、ほかの局がいやというほど報道している。


「すみません、無神経でした」

善文は相変わらず指で顎を撫でながら言った。

今日は長い足を組んで座ってはいない。ソファーが深すぎて、

テーブルのビールをとるのにいちいち身を起こさなければならない。

ソファーに沈むと、善文のひざ頭は善文の顔の高さと同じところにあった。

ビールを飲むのに足が邪魔じゃありませんか?詩織はつい聞きたくなってしまう。

「地球温暖化というとね」

善文はまた話し始めた。

「熱帯の昆虫が日本にも入ってきて繁殖して、今は熱帯地方でしか

発病されないとされる伝染病が日本でも発症するとか、そういうことを考えていました」

「そうですよね」

詩織もうなづいた。

「利根川水系が干上がっちゃったら困るなあとか」

ビールを飲んで善文は言葉を継いだ。

「なんか、自分のことばっかり、考えてました」

詩織は黙ってうなづいた。


「日本人は知らなすぎるんです、本当の温暖化を」

詩織もビールをぐいっと飲んだ。「知らなかった」

だからといって許されるわけではないのだ。

アメリカが京都議定書に批准しなかったことが、どんなに温暖化に影響したか。

そしてゴア元副大統領の告発がなぜノーベル賞を得るに値したか。

アメリカ人は知ったのだ、自分たちが犯していることが地球温暖化を招き、

それによって生態系破壊のみならず、自らも苦しむこととなったタイフーンを生んでいることを。

知ること。知ったこと。それがノーベル賞なのだ。


「共食いかあ」

善文は視線を上に向けて呟いた。それから

「あ、すみません、また言っちゃいました」

と詫びた。

「ビール、もっと飲んでいいですか?」

善文が空になったグラスを詩織に向けながら言った。

詩織のグラスのビールも残りわずかだ。

「私も、もっと飲んでいいですか?」

詩織も善文に尋ねた。善文はニッコリした。

「佐倉さんが酔いつぶれたら、家まで送らせてくださいね」

詩織は思わず吹き出した。

「あはは、じゃあ酔いつぶれるまで飲んでいいんですね?」

「え?」

善文がソファから立ち上がる。

「佐倉さん、そんなにいける口ですか?金、足りるかなあ?」


善文は長い足でテーブルの向こう側へ回り、カーテンを開けて

ビールを2つオーダーした。

「あと焼き餃子と豆乳リゾット。いっこずつ」

後ろ手でカーテンを閉めながら、善文は真顔で言った。

「豆乳リゾット、美味いですからね」

「は、はあ…」

この店、そうとう気に入ってるんだなと詩織は思った。

そういえば、詩織にも行き着けの洋風居酒屋がある。

いつか善文を招待してあげよう。そう思うと詩織はウキウキした気分になった。



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【2008/02/14 00:48】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜、早すぎる春 -22-
「ふうん、共食いですか」

善文は綺麗な指で顎をさすりながら呟いた。

「それが食糧難のためにされるとしたら、悲劇ですね」

「ただの食糧難じゃないんです。本来の餌のセイウチとかアザラシとか、

そういう動物は近くに沢山居るんです」

「動けなくなったから、近くにいる子供を食べちゃうわけですか」

「田辺さん…もうちょっと言葉を選んでください」

詩織はうつむいた。


約束したように、善文から携帯メールがあった。

時間があったら食事をしないかという誘いだった。

詩織はBS局のある原宿に居たから、またNHK西側にある、

前と同じ店で落ち合うことになった。詩織は快く承諾したが、

歩いてみるとなかなか遠かった。よりによってNHK放送センターが大きすぎる。

中を通行できるパスでもあれば良いのに。そう思いながら、

自分がいつまでも日丸テレビの社員証を首からさげていることに気付いて、まだ

人通りの多い竹下通りで慌てて社員証を鞄に詰めた。


店に着いたとき、善文は既に一人で飲み始めていた。

ウイスキーをロックでやっていたらしい。

「だって、ビール飲みながら待ってたらお腹いっぱいになっちゃうでしょ?」

善文が子供のような笑顔で詩織を迎えたのは30分前。

そんな善文の優しさに、詩織はちょっと心が揺れた。

この人はとても大きな人なんだと思った。白川郷の映像のように、

いつも「ひと」を見ているんだな、この人は。


善文が座っていた席は、前にカップルがひとつのソファーに寄り添って座っていた、

たおたおとしたカーテンのあるムーディーな場所だった。ライトもいい感じに暗くて、

メニューの字がぎりぎり読めるくらいの明るさ。

ライトよりも、机の上で揺れてるローソクの炎の方が明るいくらいだ。

詩織は最初、善文が来ているのに気付かなかった。店は既に満席で、

にぎやかだった。複雑に構成された席の間を、奥へ奥へと進んでいった。

すると「うしろだよ」という携帯メールが着信して、振り返るとカーテンを半分開けて

手を振っている善文が見えた。


「すみません、もうこの席しか空いてなくて」

申し訳なさそうに善文が言った。

「いやならほら、真ん中にクッションを置けばいいし」

一生懸命言い訳している善文が可愛くて、詩織はクスっと笑った。

「大丈夫ですよ、襲ったりしませんから」

詩織はそういうと、ソファーのもう半分に腰を下ろした。

下ろしてから気が付いたのだが、ここにはこのソファーがひとつあるだけだ。

てっきりテーブルごしに、もうひとつ椅子があるのだと思っていた。つまりカップル席か。

善文が苦笑いするわけだ。


詩織は善文とのあいだに置かれたクッションに肘を乗せ

「ああ、これ、楽ですよ」

と笑った。

「どれ」

善文も腕を乗せる。

「ほんとですね。じゃ、今日はくつろぎながら」

善文の公家顔がローソクの灯りに揺れた。なんだか、

すぐに愛の和歌でも詠みそうな雰囲気だった。


しかし、二人のビールとおからコロッケが出されてすぐ、

シロクマの話が始まった。善文が切り出したのだ。

「佐倉さんがそんなに突然に、地球温暖化問題に夢中になったのは、なぜですか?」



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【2008/02/12 22:04】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜、早すぎる春 -21-
四人はかわるがわるお互いの顔を見た。彩は都会派のおしゃれなお姉さんだし、

雅は良い所のおぼっちゃまに見える。

大介は落ち着いた大人だし、詩織はよく年齢不詳だと言われる。

詩織以外は獣相手とは言え医者なわけで、どこかくだけた感のある詩織とは

雰囲気が違う。

「私、違和感ありますか」

詩織は苦笑した。


「そういうんじゃないんです」

彩は真顔で言った。

「私たちがやっていることを、マスコミの人が当り前のように見てるのが不思議。

今まで研究室に籠もっていたものが、なんか窓を開けて外へ出て行く気がする」

「それ、分かる気がする」

大介がうなずいた。

「私たちのやっていることが認められたっていうか」

「あ、彩さんの言ってる意味、分かります!」

雅も相槌を打った。


「私は」

詩織は斜めに天井をながめながら言った。

「どうだろう?よく分からない。ただ、今まで全然接点のなかった世界と

つながったような気はします」

「そうですよね」

彩が言い、大介は首を縦に振った。

「だけどここに来ると…」

詩織はひざにのせた封筒の上でぎゅっと手を握った。

「どんどん悲しい現実を知ってしまいます。ただ遊びに来ているんじゃない、

って思います。こんなにも辛い取材って、今まで経験したこと、たぶんありません」

一瞬、沈黙がよぎった。


「確かに」

大介が立ち上がり、カップを持ったまま広げたままの机の上の地図を引寄せた。

「確かに、辛い現実です。私たちはそれに直面しています。

直面したからこそ、獣医になり、野生動物の保護に一生懸命なんです」

彩と雅がうなずいた。

「佐倉さんは今まで知らなかった。だけど知ってしまったら放っておけなくなった。

獣医ではないけど、私たちと向いている方向は同じです」

「そう思うわ」

「僕もそう思う」

三人に認められ、詩織は嬉しかった。嬉しいと同時に身が引き締まる想いだ。


「この前伺ったとき、山口先生からシロクマが共食いをしていると聞きました」

「えっ?」

彩も知らなかったのか、驚きの声を上げた。大介は静かにうなずいた。

「ええ、そうです。もともと共食いをする種なのかもしれません。

でも最近になって共食いの数がぐっと増えました」

「それは、やっぱり、食べるものがないから?」

「恐らくそうでしょう。共食いは普通、個体が多くなりすぎて

食糧が不足したときに起きやすい現象です。シロクマの場合は、

数は激減しているのに、それよりももっと、餌が獲りにくくなっているんです」

「餌が減っているんですか?」

大介は悲しそうな目をしてスッと首を横に振った。

「狩猟するだけの体力がないんです。海に落ちたら、

もう氷の上に上がることもできず、溺れ死ぬ個体も居ます」

詩織はイヤイヤをするように、頭を左右に何度も振った。

また知りたくないことを知ってしまった。知りたくなかった。

だけどこれが現実なのだ。



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【2008/02/11 22:18】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜、早すぎる春 -20-
三人の学生たちは資料室の中央にある大きな机の上に北極圏の地図を広げていた。

彩は机の上に身を乗り出して食い入るように地図を見ている。

詩織と大介は学生たちから少し離れた場所に座って、紅茶を飲み始めた。京が

「あれ?結城さん。俺達の分はないんですか?」

と聞いたが、結城は静かに笑うだけだった。


「でも実際、白夜ってのは厳しいわよね」

彩が腕ぐみする。

「シロクマの繁殖期なんです。実際、シロクマも寒い中はヤなんじゃないですか?」

雅が笑いながら返答した。

「山口先生はいつ、日本を発たれたんですか?」

詩織は大介に聞いた。

「おとといです。今回はカナダの研究チームと合流する予定なんですが、

まだ着いてないんじゃないかな」

大介は袖の下の大きな腕時計をのぞかせて答えた。


「突然でしたね、フィールドワークなんて」

詩織は両手でカップを包んで呟くように言った。

「運良く、カナダ側に近い場所でつがいが見付かったんです。

僕らも氷の上にベースキャンプを置くより、大陸に近いところから観察できれば

ありがたいですしね」

「普段は氷の上ですか?」

「最近では夏になるとシロクマの方から寄ってきますよ。

氷がなくなりますからね」

大介は苦笑していた。


京がまた大介に言った。

「結城さん、俺らの紅茶は?」

彩が乗り出していた上半身を起こし、京を見下ろすように言った。

「あんた、もうすぐ学部の彼女とデートの時間でしょ!」

「え?」

京が資料室の壁掛け時計に目をやると、4時を過ぎていた。

「うわ、やべ。今日は俺があっちに行く番だった」

慌ててジャケットと鞄を持つと、ドアに駆け寄り、

「失礼します。佐倉さん、今度一緒にお茶しましょうね」

と言って出て行った。

「ったく!」

彩は相変わらず椅子の上に膝をついて立っている。

大介は「あはは」と声に出して笑っていた。

詩織もなんだか可笑しくなってふふふと笑った。


一年生の雅が

「僕たちもお茶にしませんか?淹れてあげますよ、先輩」

と言うと、立って紅茶を淹れ始めた。

「ありがとう」

彩も椅子から降りて、地図はそのままに詩織たちのそばに椅子を引寄せた。

「佐倉さん、マスコミに入社するのって大変ですよね?」

彩が突然に聞いた。

「競争率は高いけど、どうして?マスコミに入りたいの?」

彩は大きく首を振って答えた。

「違います。私はパンダに一生を捧げるんですから。

それより、マスコミの人が、この資料室に通っているのがなんか不思議で」

雅が紅茶を二つ持って、結城の隣に座った。ひとつは手を伸ばして彩に渡した。

彩はもう一度「ありがとう」と言った。



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【2008/02/10 22:17】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜、早すぎる春 -19-
部屋には高橋京という大学院2年生と、同じく2年の高木彩と一年生の柏木雅が居た。

三人とも既に顔なじみだ。このうち京と雅が大介と同じようにシロクマの生態を追っかけており、

彩はジャイアントパンダが専門だ。

しかし彩も、ここ数年になって急に数を減らしたとされる

シロクマの生存には大きな関心を抱いていた。

共通して全員が、それが人類による「地球温暖化による被害」であることに憤りを感じていた。


詩織は昨年の夏、ロケでアフリカに行った。番組は10分程度のもので、

地球温暖化がもたらした影響を視覚的に訴える内容のものとされた。

詩織は「地球温暖化」と聞いてもピンとこずに過ごしていた。

確かにだんだん、夏が暑くなってきたと感じている。

しかし日本の食事情を圧迫するような冷夏もあり、事態の深刻さが分からない。

冷房の設定温度を少し上げるとか水を流しっ放しにしないとか、

そんな簡単なもので効果は得られるのだと思っていた。


しかし現地に立ったとき、詩織は言葉を失った。あふれる涙を止めることができなかった。

足がガクガクと振るえ、これが人間の犯した罪なのだと実感した。


詩織が訪れたのはアフリカのブルキナファソという国。

旱魃に苦しむ国で、日本も植林の援助などを行っている。

ブルキナファソのはじっこ、大陸中央寄りにサヘル地域がある。

そこで詩織が見たものは、カラカラに乾いて、土がひからびたミイラのようにめくれ上がった大地。

そこが「沼」だと教えられた。詩織の知る「沼」は、こんなものではない。

日本から行った局のスタッフは全員、その場で動けなくなった。

同行した日本大使は言った。

「この状況を日本のみんなに伝えてください。先進国の自分勝手な生活が、

地球を壊している現実を」

20080208.jpg


それから日丸テレビでも地球温暖化、環境問題を積極的に

取り上げていこうということになった。

既に世界各地で日本からの応援組織が活動を始めていることが分かった。

日丸テレビはこれらと接触し、地球が抱えている、いいや人類が犯している罪の取材を始めた。


詩織も初めはそのままサヘル地域の砂漠化について取材をしていたのだが、

あるとき、地球温暖化により絶滅に追い込まれている動植物、魚がいることを知った。

その中でも詩織の目にとまったのは、北極圏の氷が溶けたことにより、

棲む場所をなくしているシロクマだった。

シロクマが絶滅危惧種に指定されたのは最近のことだ。

北極の氷がいきなり半分に溶けたことで、いっきに減少したと言われている。

そしてここ、東都大学獣医大学院が野生のシロクマの生態を調べ、

なんとか絶滅から救おうとしていることを知った。



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【2008/02/10 22:13】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜、早すぎる春 -18-
詩織がその研究室を訪ねたのは三回目だった。

東都大学獣医学部大学院、野生動物科山口准教授室。

大学や動物を飼育している教室は東京郊外に校舎を持っていたが、

山口准教授室は水道橋に近い東京の真ん中のビルの12階にあった。

ビル全体が清潔で明るく、動物が走り回っている獣医大学のイメージとはかけ離れていた。


詩織はエレベーターを12階で降りて、まっすぐ伸びる

廊下を突き当たりまで歩き、今度は東側がガラス張りになった廊下を左に曲って

二つ目のドアをノックした。

ドアが内側へすっと開いた。

「すみません、せっかく訪ねていただいたのに」

部屋の中に招き入れたのは短髪で、スポーツマン風の精悍な青年だった。

山口准教授の助手の結城大介。いつものように、スリムなカラーパンツにブランドのシャツ。

こんな大介も大学生の頃は毎日動物の臭いのする部屋で

土まみれになっていたというから驚きだ。


「これが、山口から預かっている資料です」

「ありがとうございます」

詩織は封筒を受け取ると、その場で中の書類を出した。

見た途端、詩織は嫌悪感とも怒りともとれる感情を抱いた。

二人は部屋の中で、その書類に写っている写真を見ながらしばらく黙っていた。

詩織はその書類をぎゅっと自分のお腹に押し付けて天井を仰いだ。

「これが、現実ですか?」

「ええ」

大介は静かに答えた。

「これで。こんな状態で、シロクマはまだ生きているんですか?」

「…ええ」

ためらいがちに大介が答えた。詩織は涙が流れそうになるのを必死でこらえた。


大介は

「だから私たちが闘っているんです。佐倉さんも、そうでしょう?」

と言って詩織から離れた。

「お茶をいれましょう」

大介は山口教官室の戸を開けると、廊下へ出た。

お茶を飲む。野生動物研究室の中でも、絶滅危惧種を

扱う資料室へと移動するのだ。前にも二度も、詩織は資料室で大介と紅茶を飲んだ。

資料室といっても実際は学生の集まる図書室のような場所で、

そこには大介以外にも絶滅危惧種に指定されている動物を研究する大学院生がいつも居る。

「あ。佐倉さん、いらっしゃい」

大学院生の高橋は嬉しそうに声をかけた。

大介は部屋の隅に置いてあるお湯の沸かせるポットへ近付き、

詩織と自分の分の紅茶を淹れた。


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【2008/02/10 22:07】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜、早すぎる春 -17-
「そんなにCGやりたければ、あっちでMGMかユニバース・ピクチャーズに入れば

良かったのに」

「そういうおとぎ噺系じゃなくて、歴史の復元みたいなものをやりたいの!」

「そんな大きな映画会社じゃ入るのも大変でしょうしね」

詩織はしれっと言ってみた。ゆいは詩織をじろっと見たが、何も言わなかった。


「じゃあ私、そろそろ失礼します」

詩織は椅子の背中にかけてあるジャケットを取った。

足をそろえて、すくっと椅子から立ち上がる。

「佐倉さん…」

善文もすっと立ち上がった。

「もう一度、会えますよね?」

「さあ、分かりません」

「会えますよ。佐倉さんが電話番号教えてくれれば」

善文は急にニコニコして言った。


「ええ?」

詩織もさすがにこの手には参った。断る理由がない。

「じゃあ、赤外線でどうぞ」

詩織は鞄の中から携帯を取り出し、善文に向けた。データは

うまく善文の電話帳に記録されたようだ。

「これ、個人の番号ですか?会社ですか?」

「個人のです。と言っても仕事にも使ってますけど」

詩織は携帯を鞄に入れようとした。善文がさっと手を出して

「僕の情報は要らないんですか?」

またニコニコしながら、携帯を前に差し出している。


「強引ですね、田辺さん」

詩織は笑って善文の情報を記録した。見ると、自宅と会社の電話番号、

メールアドレスがふたつある。ひとつはnhk.or.jp。会社のメールアドレスも入っていた。

「会社にメールしてもいいんですか?」

「構いませんよ」

「うちの会社からしてもですか?」

善文は両手を皮パンのポケットに入れ、肩を揺らしながら笑った。

「構いませんよ。そちらさえ良ければ」

詩織は善文の綺麗な笑顔を見ながら携帯をしまった。

「いいわけ、ないですよね。会社からはやめときます」

ふふっと善文が笑う。


「どうして?」

座ったままのゆいが二人を見上げて尋ねた。

「ふふっ。ないしょ」

善文はまた肩を揺らせた。

「じゃあ」

詩織は鞄から財布を出そうとした。すると善文が

「ここはいりません。その替わり、この次あったときには佐倉さんが出す、

詩織は「あはは」と笑った。絶対にもう一度会う気だ。

そんな善文が可笑しかった。ちょっと可愛かった。

「わかりました。では近日中に」

詩織は善文とゆいに別れの挨拶をすると、外へと向かう階段を昇った。

不思議と足がいつもより軽かった。


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【2008/02/10 22:03】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜、早すぎる春 -16-
あ、この子、私に嫉妬してる。詩織は単純にそう思った。

相手の剣幕にも驚くし、言葉が見付からない。

どういう関係、と尋ねられて答えられるような、大層な関係でもない。

だって会って2回目なのだから。


「この人は今日のシンポジウムに来てて」

「ヨシフミは黙ってって!」

まるで小さな子供がわがままを言っているかのようだ。

詩織はくすっと笑った。

ゆいはそんな詩織の顔をきっとにらみつけた。

「私、佐倉詩織と言います。佐倉は佐倉市の佐倉。

詩織は詩(うた)を織ると書いて詩織」

詩織は機でも織るかのような仕草をしてみせた。

「ふうん。それで?ヨシフミとはどういう関係?」

「知り合いだよ。昔、ちょっと仕事で会ったことがあるんだ」

善文が代わりに答えた。


「ふうん」

ちょうど届いたビールに口をつけると、ゆいは善文の方を向いて言った。

「そんな人と飲む方が大切なんだ?CGの上がりを見るより?」

詩織よりも善文の方がいやそうな表情をした。

「だって昼までに上がったら見るって約束だったじゃん」

「昼までにできなかったから見てくれないわけ?」

「そうだよ。予定外の時間に僕が誰と飲んでいようと、構わないでしょ」

ゆいはビールをぐびぐびと飲んで、

「別にいいわ」

と言った。


こういう内輪もめっぽいのに巻き込まれるのはご免だな

と詩織も黙ってビールを飲んだ。飲み終わったら退散しよう。

ここでビールを最後まで残さず飲まなければ気がすまないのが、

詩織の欠点ともいえる。

「ねえ、佐倉さん」

テーブルの上のグラスに手を伸ばしたまま、ゆいが聞いた。

「お正月にうちでやった世界遺産の番組、観た?『大いなる謎、世界遺産の旅』って

番組なんだけど」

「ああ…」

珍しく正月に実家に帰っていた詩織は、そんな番組を観たような気がした。

世界遺産でも遺跡を扱ったもので、ピラミッドやマチュピチュを

取り上げていたように記憶している。

「そうそう、それよ!」

ゆいは嬉しそうに手を叩いた。

「黄金に輝くピラミッドを復元したの。観てくれた?」

「はい、観ました。春分の日にピラミッドのてっぺんに太陽が昇るんですよね?」

「…。佐倉さん、どこかの番組とまざってるわ」

「えっ」


「あのCGはこいつが作ったんです。綺麗だったでしょう?」

善文がゆいの向こう側からひょこっと顔を出して言った。

「うん、綺麗でした。やっぱりCGはNHKが一番綺麗だと思いますよ」

ちょっとおべっかかな、と詩織は思った。

「ええ、日本においてはね」

ゆいが言う。

「こいつ、大学までアメリカに居て、CGやってたんです」

また善文が代わりに言った。

「帰国子女ですか?!」

「その言葉、嫌い。日本人って、その言葉好きよね」

なんか喧嘩売られっぱなしだなあ、と詩織は心の中で苦笑した。



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この物語はフィクションです。実在の人物・団体・組織とは一切関係ありません

テーマ:恋愛 - ジャンル:恋愛

【2008/02/03 22:42】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜、早すぎる春 -15-
「このドクロですか?」

善文は指輪を指から抜くかのように上から撫でて、

「これ、お守りです」

とあっさり答えた。


「お守り?」

詩織は納得できない。左手薬指にドクロでお守りなんて話は聞いたこともない。

「僕、去年、3回も事故っちゃったんですよ」

「え?!」

「事故っていっても、歩いてたら後ろからコツンとぶつけられたとか、

たいした怪我はしてないんですけど」

善文は眉間に皺を作って、苦笑した。

「それでアメリカのお土産だって、同期がくれたんです。

この指にしか、入らないんですよ」

善文は指輪をはずし、テービルに置いた。


「どうしてドクロがお守りなんですか?」

「僕にもわかりません」

善文は無邪気に笑った。

「お守りかどうかは知らないけど、気に入ったからしてるんですよ。

そんなに気になります?」


詩織は頬に少しだけ空気を入れて膨らましたあと

「だって、左手の薬指ほど、意味のある指はないですよ」

「まあ、そうですけど。」

善文はさらさらの髪を両手でかき上げておでこを出すと組んでいる上の足をかかえた。

「同期って、付き合ってる女性ですか?」

詩織はなるべく無邪気を装って聞いた。

自分でも馬鹿な女だなと思うくらい、品のない聞き方だった。

「別に違いますよ。ファッションです。でも、そんなに女性から倦厭されるんだったら、

はめてるとモテませんね」

ふっふっふっと善文は笑う。

詩織はもともと無粋な話題は苦手だ。これ以上、善文に突っ込む勇気も元気もなかった。

善文も自分からそれ以上、語る様子がなかった。


「ビール、もう一杯づつ頼みましょうか?」

善文が言った。詩織のグラスはとうに空いていた。

詩織の答えを待たずに、善文は右手をあげて

「すみませーん」

と店員を呼んだ。すると店員の代わりに、小柄な女性が善文の挙げた右手をさっと掴んだ。

「Shoot!こんな所で飲んでやがったか」

ベリーショートに皮ジャン、Gパン。白くてびっくりするほどかわいい女性の口から、

これまたびっくりするほどきたない言葉が発せられた。

善文が「あ」という間に女性は店中に響くかのような大きな声で

「ビール3つ、お願いします」

と言った。



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この物語はフィクションです。実在の人物・団体・組織とは一切関係ありません

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【2008/02/03 22:37】 | 桜、早すぎる春 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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